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東京高等裁判所 昭和57年(く)263号 決定

少年 M・R(昭四〇・八・一九生)

主文

原決定を取り消す。

本件を東京家庭裁判所に差し戻す。

理由

本件抗告の趣意は、抗告申立人が提出した抗告申立書に記載されたとおりであり、要するに、原決定の処分は著しく不当である、というのである。

そこで、関係記録を調査検討すると、少年の非行事実は原判示のとおりであり、その一は、当時暴走族「○○」の構成員であつた少年が他の少年と共謀のうえ、右組織から脱退しようとした者に対し集団で暴行による制裁を加えたという事犯であり、その二は、少年がその実兄であるM・Sから覚せい剤水溶液を自己の左腕に注射して貰つたという覚せい剤の使用事犯であつて、原決定が保護処分に付する理由中で、本件各非行に至る経緯、少年の性向、非行歴、生活態度、保護者の保護能力等の諸点につき詳細に説示するところは、当裁判所においても概ねこれを相当として是認することができるのであつて、これらの諸事由によれば少年の要保護性はかなり強いものがあるものと認められ右要保護性の程度に関する原審の判断に所論のような誤認があるものとは決して考えられない。しかも、原判示によれば同種の非行歴をかかえた兄の存在等その家庭環境も芳しくなく、保護者の保護能力に期待しえず、他に少年に対する監護を期待しうる適切な社会資源も見当らなかつたことなどを考慮すると、原決定時を基準とする限り、原審が、少年の健全な保護育成を図るためには、少年を在宅での更生は期待しがたいものとして施設に収容したうえ規律ある矯正教育を受けさせ、これまでの放恣な生活態度を根本的に改めさせることが必要であり相当であるとの判断のもとに、少年を中等少年院(一般短期処遇)に送致したのはやむを得ない措置として首肯することができる。

しかしながら、当審における事実取調の結果をも合わせて再考すると、原決定後、保護者においては少年に対する従来の教育態度につき反省と自覚を深め、少年の再教育を真剣に検討した結果、従来交際のあつた非行少年グループとの接触を遮断し、全く新たな環境のもとで、父親は仕事を一部犠牲にしても時間の余裕を作り、母親も少年に対する従来の態度を改め、共に少年との家庭における接触指導に力を尽し、その再教育にあたるべく決意し、少年が退院次第親子共々東京都豊島区○○町×の××の新住居地に転居する態勢を整えていること、少年自身も鑑別所、少年院と初めての厳しい生活体験を経たことにより従来の生活態度を深く反省し、父母との心の交流のもとに規律正しい生活への決意を固めていること、また前示のように少年を覚せい剤使用の非行に走らせた実兄M・Sも、少年の中等少年院送致という事態に直面して改めて自己の責任の重さを感じ取り自らその更生に努めるとともに、少年の更生に資するべくその環境作りに真剣に取り組んでいること、その他少年鑑別所、警察署、検察庁等関係諸機関の担当者においていずれも本件についての少年に対する処遇としては在宅保護(専門)が相当である旨の意見を付しているほか、担当の家庭裁判所調査官も、一応少年を短期少年院に送致して生活態度の改善を図るのが相当であるともみられるとしながらも、結論としては保護観察処分が相当である旨の意見を付していることなどの諸事情を斟酌すれば、現在においては、少年に対し保護観察などの社会内処遇によつてその更生を期待することも十分に可能であると認められる余地があり、結局原審の処分は著しく不当であることに帰すると認められる。

よつて、本件抗告は理由があるので、少年法三三条二項により原決定を取り消し、本件を東京家庭裁判所に差し戻すこととして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 市川郁雄 裁判官 千葉裕 小田部米彦)

〔参考〕 司法警察員作成の昭和五七年六月一八日付け少年事件送致書記載の犯罪事実

被害者A、同B、同M・R、同C、同D、同E、同F、同G、同H、同I、同Jは、暴走族○○の構成員であるが、○○の構成員であるK(一六歳)が組織を脱退したことに激怒し前記Kに対し暴行を加えることを共謀し昭和五七年三月三日午前零時〇〇分ころから午後零時一〇分ころまでの間東京都豊島区○○×丁目×番×号保育園「○○」前路上において○○の構成員L(一七歳)が同道した前記Kをとりかこみ、被疑者AがKに対し「お前どういう気だよ」等と申向け、膝蹴りや頭部、顔面を殴打した後、Aの連絡により同所へかけつけた被疑者BはKに対し「お前何んでバレてんだ。ふざけんじやねえ」と申向け、前記Kの腹部を膝蹴りにしまた被疑者M・RはKに対し「お前○△やんのかよ」等と申向けKの顔面に頭突きをし足蹴りする等の暴行を加えもつて数人共同して暴行したものである。

〔編注〕 受差戻し審(東京家 昭五七(少)一七六九二号 昭五七・一一・一九保護観察決定)

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